役員に昇格した社員の退職金、一括支給時の税額計算ミスが会社のリスクになる
従業員が役員に昇格し、そのまま勤め上げた後に退職するケースは、中小企業では決して珍しくありません。このとき、退職金を「従業員分+役員分」まとめて一括支給する場合、源泉徴収の計算が通常の退職金とは大きく異なります。
「退職金なんて計算ソフトに任せれば大丈夫」と思っている方も、今回のポイントを知らずに処理すると、源泉徴収税額の誤りや源泉徴収票の記載漏れにつながるリスクがあります。国税庁HPに掲載されている具体的な事例をもとに、計算の流れと注意点を整理します。
従業員分の退職金、支給タイミングは2通りある
従業員が役員に昇格した場合、従業員としての退職金の取り扱いには次の2つの方法があります。
① 打切り支給(役員就任時に精算) 役員に就任したタイミングで、従業員分の退職金を一度精算して支給する方法です。
② 繰り延べ支給(役員退任時に一括) 役員を退任するまで従業員分の支給を繰り延べ、役員分と合わせて一括で支給する方法です。
今回は、実務でよく見られる②の繰り延べ支給のケースを、国税庁HPの質疑応答事例をもとに解説します。
国税庁の事例で計算の流れを確認
事例の概要
令和7年3月31日、A氏はB社を退職し、退職金3,500万円(従業員分2,500万円・役員分1,000万円)が一括支給されました。
| 期間 | 年数 | |
| 勤続期間(トータル) | H13.4 〜 R7.3 | 24年 |
| 従業員として | H13.4 〜 R5.3 | 22年 |
| 役員として | R3.4 〜 R7.3 | 4年 |
| 重複期間(使用人兼務役員) | R3.4 〜 R5.3 | 2年 |
計算の仕組みとこの事例特有の注意点
この事例を正しく計算するには、まず「退職所得控除」の仕組みを押さえておく必要があります。
退職所得控除額とは?
退職金にかかる税負担を軽減するために、収入金額から差し引くことができる控除額です。勤続年数が長いほど控除額が大きくなる仕組みで、以下の式で計算します。
| 勤続年数 | 計算式 |
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
長く勤めるほど手厚くなる設計で、800万円・70万円はいずれも所得税法で定められた固定値です。どの会社・どの人の計算でも、同じ数字を使います。
この控除の仕組みを踏まえた上で、今回の事例特有の2つの注意点を確認しましょう。
ポイント① 役員勤続年数が5年以下 → 役員分は「1/2課税なし」
退職所得は通常「(収入金額 − 退職所得控除額)×1/2」で計算しますが、役員等勤続年数が5年以下の場合、その役員分の退職金(特定役員退職手当等)については、この1/2を乗じる計算が適用されません。
A氏の役員勤続年数は4年(5年以下)のため、役員分1,000万円は控除後の差引金額がそのまま退職所得に算入されます。
ポイント② 重複期間の控除額は「20万円×重複年数」で計算
従業員と役員の勤務期間が重複している場合(使用人兼務役員期間)、役員側の退職所得控除額の計算が異なります。同じ期間を両方でカウントすると二重控除になってしまうため、役員側の控除額を通常の半分に圧縮する仕組みです。
- 重複していない期間: 40万円 × 年数
- 重複している期間: 20万円 × 年数
ステップごとの計算手順
計算はSTEP1〜4の順で進めます。まずトータルの控除額を算出し、役員分・従業員分に切り分けた上で、最終的な退職所得を確定させるという流れです。
STEP 1:トータルの退職所得控除額を計算(A)
A氏の総勤続年数は24年(20年超)のため、以下の算式を使います。
| 800万円 + 70万円 × (24年 − 20年)= 1,080万円
STEP 2:役員分(特定役員退職所得控除額)を計算(B)
役員分の控除額は、重複の有無で区分して計算します。
|(重複していない期間)40万円 × 2年 +(重複期間)20万円 × 2年 = 120万円
STEP 3:従業員分の控除額を計算
従業員分の控除額は、AからBを差し引いた残額です。
|1,080万円 − 120万円 = 960万円
STEP 4:退職所得の計算
役員分・従業員分それぞれに1/2の扱いを適用して、退職所得を算出します。
|役員分:880万円(1/2を乗じない) 従業員分:1,540万円 × 1/2 = 770万円
|退職所得合計:880万円 + 770万円 = 1,650万円
各区分の差引金額と退職所得をまとめると次のとおりです。
| 収入金額 | 控除額 | 差引金額 | 退職所得 ※ | |
| 役員分 | 1,000万円 | 120万円 | 880万円 | 880万円 |
| 従業員分 | 2,500万円 | 960万円 | 1,540万円 | 770万円 |
| 合計 | 3,500万円 | 1,080万円 | ― | 1,650万円 |
※役員分は特定役員退職手当等に該当するため、1/2を乗じません。従業員分は1,540万円 × 1/2 = 770万円となります。
これに所定の速算表を適用し、源泉徴収税額399万1,089円、特別徴収税額165万円(市町村民税99万円・道府県民税66万円)が算出されます。
見落としやすい!源泉徴収票「摘要欄」の記載
計算が正しくできても、源泉徴収票の記載が漏れていると税務署への提出書類として不完全になります。退職所得の源泉徴収票の「摘要欄」には、以下の事項を必ず記入してください。
① 特定役員退職手当等の支払金額
② 特定役員等勤続年数およびその計算の基礎
③ 重複勤続年数
国税庁HPには退職所得の源泉徴収票・特別徴収票の記載見本が掲載されていますので、実際の票を作成する際はあわせてご確認ください。
まとめ:こんなケースは要注意
- 役員昇格者がいる(または過去にいた)
- 従業員分の退職金を役員退任まで繰り延べて支給する予定がある
- 役員の在任期間が5年以下になる見込みがある
- 使用人兼務役員期間(重複期間)がある
退職金は支給のタイミングで源泉徴収が完結する「分離課税」のため、計算・記載を誤ると後から修正が困難になります。不安な場合は、支給前に必ず税理士にご相談ください。
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